スポーツ

上原の引退

巨人・上原投手が引退を表明

 

2019.5.20 巨人・上原浩治投手が引退を表明しました。

史上初の日米通算100勝100セーブ100ホールドの「トリプル100」を達成したレジェンドのプロ21年目のシーズンでした。

 

雑草魂

 

上原といえば「雑草魂」ですね。

1998年のドラフトで巨人を逆指名し、巨人にドラフト1位で入団。

その年のドラフトの目玉は、なんと言っても「松坂」。甲子園での活躍は今も記憶に焼き付いています。まさに「怪物」でした。

一方上原は、大学でのリーグ戦や国際大会で結果を出しプロの目にとまったものの、高校時代までは全くの無名で、松坂ほどの知名度は無かったですね。

野球に詳しい人は知っていたかもしれませんが、当時の私は全く知りませんでした。

 

そんな上原

高校は、近くて野球が強いという理由で東海大学付属仰星高等学校 に進学。

大学は、体育教師になるという夢を叶えるために大阪体育大学 に1年浪人の後、進学。

この浪人時代に、予備校に通いながらジムでトレーニングし、さらに夜間の道路工事のアルバイトもしていたという。

この1年間は上原の中でとても大きなもので、その1年を忘れないようにということで、当時19歳だったので背番号を19にしたという。

「雑草魂」という言葉もこの1年があったからの言葉なのだろうか。

 

引退会見

5.20に行われた会見で私の心に残ったのは、

今の胸の内を聞かれ

「もうちょっとやりたかったな、という気持ちです」

と答え

 

以前、野球人生の満足度をグラフに表した際は引退時をMAXとしていた  という質問に

 

「悔しいですけど、自分が決めたことなので。今がMAXですね」

「21年間も野球生活ができたということですね。それが感謝というか、本当に自分と一緒にやってくれた選手、コーチ、監督、まわりに感謝しながらの21年間だったので。本当に野球にも感謝していますし、満足だけです」

と答えていたところです。

 

プロという厳しい世界で、しかもメジャーリーグも含め21年間も第一線で活躍するというのは本当に凄いことで、私のような凡人には到底想像すらできないような日々を過ごしてきたのだと思います。

その中で、自分の体が今後もプロとして第一線で通用するのかどうか。ものすごい葛藤があったのだと思います。

悔しいけど、もうちょっとやりたいけど、やり切ったという感じなのでしょうか。

 

私も、せめて人生の終わるとき、満足感MAXで終えられるような人生にしたいものです。

 

上原選手お疲れ様でした